Uwatzlla!



JUICE EP

CAMP HOWARD

2017 USA

米国東部の、これまた若い兄ちゃん4人組みの新作ep6曲入り。
V+G、G、B、Dr。
歌は強いキャラを押し出すんでなく、肩の力の抜けた屈託ないタイプ。
この歌い手の兄ちゃんがまだ学生だった頃にソロプロジェクトを企画して、そんとき募ったメンツを基に発展したる由。だから彼がクリエイションの中心にゃ違いあるまいけど、音像にSSW色
は濃くなくて、いい感じのバンドサウンドなんだよね、
で、俺にとってこのバンドのチャームポイントは、メロディセンスよりサウンドメイクより、まずはリズム

動きのあるリフの絡み合いと皆でドライヴィンにいくとこ。曲中で変わるテンポ。ブレイクの挟み方。緩急の操り方が巧いのよ。
道具立てや語り口は全然濃ゆい系じゃない、むしろブリーズィンとも評される気張りのない心地よさがサウンドテクスチャーの主調なのに、リズムはけっこうマニアックにスリリングとゆう意外な旨味が。
この味わいはインディならではじゃないかね。メジャープロダクトの精度とスケールじゃ、そうはうまくこのバランスに着地できない気がする。
ジャケ買いじゃないけど、しそうなくらいジャケのセンスがツボ。

5.14.2017
FROM AN ALBUM EP

FEBUEDER

2017 UK

英国の若僧ギタートリオの新作ep5曲入り。
歌心もしっかりあるハイブリッド系サウンド。
わかりやすいエスニック語彙を持ち込んだりはしてないんだが、ルーツとかトライバルのエッセンス(しみじみとした情感とか躍動感とか)を自分らなりに抽出してほのかににじませたような音。エキゾチズムとの距離のとり方が初期のFOALSに似てる(歌声もけっこうFOALSっぽかったり)。
レコーディングはライブ演奏とは別種の表現だとゆう認識がはっきりしてるとみえ、メンバーの担当楽器以外の音色も加え、コーラスを重ねエフェクツをかまし、単なるデコレーション以上のヴィジョンがうかがえるサウンドメイク。

二十代前半の若さでこんだけこなれた表現ができるってのは大したもんだと思いつつ、よく聴きゃやっぱ生硬な感触もあるような。でも、この落ち着き切らない感じは、そう嫌じゃない
。今のFOALSの「上がり」感なんかに比べたら、未知数の可能性を感じるもの。
レコーディングにはこれだけ凝るいっぽうで、ライブ演奏は自分らだけの人力でちゃんと成り立たせるってゆうフィジカル面での頼もしさもまた好印象。
5.14.2017
SYNCHROMYSTICISM

YOWIE

2017 USA

米国セントルイスの、マスインスト野郎トリオの新作。
G、G、Drとゆう編成で、Gの片方がB的に低音部を担う。で、この弦2人、メロディ/コード楽器っちゅうよりずっとリズム楽器寄りで、繰り出すのはパーカッシブでミニマルなリフの片々。音韻的表現なぞ放ったらかしで、3人ともが、リズムパターン上にどうゆうタイミングで自分の音をはめ込んでいくかに心血注いでるといいましょうか。
つまり、ある意味打楽器トリオともいえるようなフォーメーションでリズムの追求に特化したつくりであり、半端にフィーチャーすると目指す音像のブレにつながり要らぬ負担にもなるから旋律や和声ははっきり非優先、と。

曲調はどれもロック的に剛直なノリで、3者の音が絡み合うマスなリズムパターンがどんどん変化展開してくってだけのもの
。でも、凝った細部を継ぎ足してくだけじゃなく、メリハリが出るような工夫がいろいろうかがえて、一本調子でダレることはない。
このバンドは実際今世紀初頭からのキャリアがあるわけで、そんだけの年月かけたエソテリックな鍛錬で到達した境地、みたいな音。楽曲としてのフォルムはつかみ難いんだけど、細部はピシッと噛み合ってて躍動性が立ち上がるとゆう、まさかインプロ主体の偶発的産物じゃあるまいが、どこまで設計図が描き込まれてんのか不思議なこの感触。
エソテリックっつったら、今作いみじくもシンクロ神秘主義って題でさ。このサウンドの成り立つ過程を想像すると確かに謎めいてはいるけど、第一印象はもう清々しいまでにモロ出しなシンクロ極道っぷりよ。
リズムの噛み合う快感、それだけ。素敵。でも意外に茶目っ気のある音像で、なお素敵。

4.26.2017
You Had Me at Goodbye

SAMANTHA CRAIN

2017 USA

オクラホマの、インディフォーク/ロックのSSW/ギタリストのお姐ちゃんの新作。近作に引き続きJohn Vandersliceのプロデュース。
もう10年くらいのキャリアで、主調はオルタナアメリカーナといえるが、今作ではけっこうチェンバーポップやストレンジ風味のポップ寄りに振れた曲も増えてる。そっち系ではストリングスや木管がフィーチャーされ(管弦のスコアとアレンジは外注)、またそーゆー生楽器っぽい音色のシンセも使われる。
ルーツ系の手練れ奏者を揃えて繊細に録れば、それなり格調あるアメリカーナに仕上がるかもってくらいに味の染みたメロディが豊富
。でも全体の質感はどっちかっつーとセルフメイドなインディの音。
でもね、こうゆう方向性のほうが彼女に合ってると思うのよ。
この姐ちゃんはややモアレのかかった声を絞ったり震わせたり伸びあがらせたり溜めたり、もとより起伏のあるメロディをさまざまに表情つけて歌う
これは彼女が、自分アピール第一でとにかく自分の内面を吐き出せばよしとゆうんでなく、表現したい対象がいろいろあってそれを自分とゆうフィルターを通して外部出力するタイプだからじゃあるまいか。
いろんな要素のつまった歌世界をよりうまく伝えるには、朗々と或いは訥々と一本調子で歌うだけじゃ不足で、アプローチもさまざまに工夫しなきゃ、とゆう。
で、そーゆータイプなら、渋くストイックに深化してくよりも、持ち札を絞りすぎず軽やかさをキープした今作のようなスタイルが相応しかろうと。
わかりやすく甘口ではない。が、それなりビターな世界を描いてもしなやかさと愛嬌を失うことのない歌声と躍動するメロディが快し。

3.26.2017
Please Be Mine

MOLLY BURCH

2017 USA

西海岸出身で、東部で音楽を学び、テキサスのオースティンを拠点にするSSWのお嬢さんの初フルアルバム。
ソロ名義だけど、バンドは公私にわたるパートナーとおぼしきギタリスト♂、B♀、Dr♂と鍵盤♂っちゅうメンツで固まってる模様。
当人が聴いて育った、また今作のクリエイションで参考にした往年のアーティストが何人か挙げられてるけど、いずれも俺は管轄外なんで引き合いにして語れないや。
だからあくまでイメージでゆうと、60sあたりのスイートで煌めいててオシャレでイノセントなポピュラーソングたち
の匂いをまとった、シンプルな編成によるギターサウンド。
薄っぺらなレトロかぶれでなく、研究して再構築みたいなマニアックなスタンスとも違う。彼女の場合、レトロテイストは目指すトコってより持ち味に近いかも。曲中いかにもそれっぽい箇所はさまざまあれどそうゆうディティール以上に、記号的要素を集めただけで醸せるとはかぎらぬ彼の世界の空気感が印象的。でもあくまで今の音。
同時代の音たる所以は、ひとつには歌唱
お嬢さんの若いながら低めで落ち着いた歌声があまりクリアに立ち上がりすぎぬバランスの音像で、そこがヴィンテージ風にも響く。が、歌い手の自意識を感じさせるところは今日的なSSWの歌いぶり。往年のポピュラー(日本でいえば歌謡曲?)歌手の、下手に素を出さず、歌世界の主人公になりきって歌い上げるスタイルとは明らかに違うもの。
またサウンドにしても、往時のポピュラーのバッキングに、これほど洗練されたロックバンド編成がそうそうあったとも思われず。ビッグバンドなんぞに比べりゃずっと音数少ないアンサンブルだけど、今日のサウンドに慣れた耳で昔のポップスをチェックするとき感じがちなリズム面のキレやパンチについてのストレスはないのよ。
ノスタルジックのエッセンスはしっかり効いててチューンナップは今日仕様。ほわ〜んと流し聴くに好適ですよ。

3.26.2017
SEMPER FEMINA

LAURA MARLING

2017 UK

英国のSSW、ギタリストのお姐ちゃんの新作。
彼の国では名実ともに一流どころの人。低い声の落ち着いた歌いっぷりからして、音だけ聴いたらすっかり熟した姐さんを想像するが、まだ二十代後半(キャリアは十代からだが)。
今作、プロデュースはBlake Millsで、録音、参加メンツ含め制作は米国にて。当人とBlake Mills他客演によるG、B(Sebastian Steinberg!)
、Dr、ストリングス、使いどこを絞ったエフェクツなど贅肉のない道具立てによる、洗練されたオルタナフォーク。
ドラム入りだしエレキも使ってるし、ロック寄りの曲もあり、ソウルやジャズなどアダルトな歌もんに聴こえる瞬間もあれど、サウンドの推進力としてもっとも印象深いのはアコギの刻むリズムゆえ、フォークといってよかろうな。
で、今作なんだけど、ブリティッシュフォークともアメリカアーナともいい切れぬテクスチャーが不思議な味わい。英国トラッドは彼女の主札のひとつであって(民謡再解釈のアルバムを作るくらいだし)、今回そっちテイストをさほど前面に出してはいないものの、寒色に締まった英国味はやっぱにじむわけですよ。そうすっと、曲調としてはアメリカーナでもスケールがあって乾いたあの空気感とはなんか違ってくんのよ。
もひとつ特徴的なのは、サウンドのこなれ感だね。
彼女の歌声は大した説得力で、英詞の内容ろくにわかってない俺の胸にもよく染みる。そんな主役の歌がまずありきの世界にゃ違いないんだけども、素直で大人しいだけの伴奏とはいえぬサウンドの存在感がそれに拮抗してるといいますか。
コンテンポラリーな自作自演のフォーク系って、主張や内省を偏重してバックの音にあんま頓着しないってか、キャラ立ちに比べてサウンドが弱い或いは逆にとってつけたようにデコラティブなサウンドって、けっこうありそうじゃん。
このお姐ちゃんの場合サウンドも立っていて、単に腕達者な連中を配しましたってだけじゃないフィジカルなこなれ感があるのよ。彼女ギターを習うとこから音楽を始めたちゅう話で、そうゆう履歴からしても、SSWたることとインストゥルメンタリストたることとアイデンティティが同等ってか、歌唱と演奏は相補的な関係であるとしっかり意識して表現するタイプじゃなかろうか。
DIY系の良くも悪くもセルフメイドな味とも、メジャー製のお仕着せブラッシュアップ感とも違う、地に足着いたオルタナぶりが小気味いいやね。

3.12.2017
RAIZ CANCION

PABLO TOZZI PATRICIA ZAPPIA

2017 ARGENTINA

フェスでの共演を機に発展したとゆう男女デュオの、歌にフォーカスしたプロジェクトの作。
腕利きコントラバス奏者として鳴らし、歌い、Gや鍵盤も弾き、曲も書いてリーダー作も出してと多才な♂と、フォルクローレ系シンガーの♀。この両人に、Pf、Sx&フルート、Dr、Per、バンドネオンなどが加わるすっきりした人力アンサンブル。
題は「根っこの歌」てな意味ッスかね。ジャンルとしてのルーツ音楽のことでなく、自分ら(の世代)が音楽人生を始めるころ耳にしてたメロディって感じ? 基本カバーで往時のポピュラーソング多し
。南米諸国からキューバメキシコまで、11カ国の11曲(自国アルゼンチンの曲のみ、Pablo Tozziのオリジナル)。このカタログ仕様に俺はまず喰いついちゃうよね。
で、これは、脂ののった世代の音楽家が、自分らの血肉を成しているラテンアメリカのメロディを見直してみようじゃないかって趣旨だから多分。諸国のルーツリズムを斬新な切り口で、みたいな気負いはないのよ。実験性もディープなルーツ色も際立たせることなく、あくまで耳なじみよい響きを優先したオーガニックサウンド。
つってもただ当たり障りのないインストパートってんじゃなくてね。例えばウッディで深い響きのコントラバスの存在感(主役の担当だからね)が音像の奥行きを増してることなんかからして、鮮度は確保されてる。
で、そこに載る両人の歌声がまた。♂はなかなか雰囲気ある落ち着いた歌声、♀はかすかにくぐもりある柔らかで温かい歌声、ともにクセがなく親しみやすい歌いっぷり。てかそもそも、このふたつの歌声が出会ったればこそ盛り上がったプロジェクトじゃないかね。
因みに1曲目のボリビア産のみトラッドで、これだけ妙にエフェクティブな音作りがされてて、以降全体にこの調子かと思うとスカされる
。原曲がトラッドだとポピュラーよか作りが素朴で、生演奏オンリーじゃ地味になりそうだからひとヒネリ、の結果かもしれないが、浮いてる感は否めず。
ともあれ、あんま考えるな身を委ねよタイプの作品だねこれは。

3.12.2017
Ela e o Mar

MARIANA MASETTO

2016 ARGENTINA

さまざまな打楽器を叩きながら歌い、ルーツリズムを探究するお姐ちゃんの、もう4作目。
これ、ジャケに憶えあるから去年出たときチェックはしたんだけど、ほぼスルーだったのよね。
なぜかってぇと、打楽器叩き歌いスタイルで、マイナーな伝承曲を掘るような学究肌もあって、つまりMariana Barajタイプの人をいっしょくたにした偏見があったから。この人は実際Mariana Barajの弟子筋だしさ。
Mariana Barajその人については、知った当初こそルーツ色とエクスペリメンタルとポップのバランスが新鮮な佇まいだったけど、今やそうゆうスタイルも珍しかないし。まじめで硬質な肌合いのままキャリアを重ねて箔がついてくると、演ってることは高度だけどヌケがよくない愛嬌が足りん艶が足りんと気になることが増えて、冷めちゃった。で、この人もそーゆーんじゃないのって思い込みで…。
この度ちゃんと聴いたら、いいじゃん。不覚でござった。
大人可愛い声による歌唱と、彼女自身の操る諸打楽器と(叩き歌いのみの曲もいくつかあり)、オリジナル曲の共作者で今作の共同プロデューサでもあるAriel Gato他によるクアトロ(4弦の小型ギターものようなやつ。ライブでは彼女自身も弾く)と、客演の鳴り物少々くらいのミニマムな編成できっちり成り立つ世界

これって、現今アタクシの所望要件第一であるところの、簡素にして丈夫かつ鮮度じゅうぶんとゆう枠内じゃないッスか

考えるに、最たる魅力はやっぱ歌声だね。押し出しの強さはなくとも親しみあふれる歌で、重ることなくしてしっかりヴァイタル。クアトロっちゅう音階楽器がほどよくフィーチャーされることでサウンドテクスチャーがストイックに傾かず、またそれとの対比で打楽器の細やかな表情にも耳がいくようになったり。
それと、ラス前に登場するサントゥール(イランの楽器で、ツィンバロンやダルシマーの先祖)の壮麗な音色はマイルドな歌声と合わさることでスパイシーな一曲に。
構えて聴くよな濃密な作じゃないけど、流れてるあいだじゅう瑞々しい小世界が現出しますよ。

3.12.2017
LANDMARK

HIPPO CAMPUS

2017 USA

ミネソタの若人♂4人組みの初フルアルバム。
G & 主唱、G、B、Drで、主唱以外も皆歌う。主唱は軽くひしゃげた小僧声で、熟した大人声には出せぬ甘酸っぱさを漂わす。他3人もちょいとハモる程度よかずっと積極的に声を出して、歌声の多彩ぶりはこのバンドのチャームポイントのひとつ。
で、そうゆう歌が映える爽やかな青春インディポップ/ロックの進化系といいますか。ヒネリあるサウンドに載るメロディは、なかなかにセンチメンタルのツボを突いてくる。アーバンにスタイリッシュでもなく、土臭くもなく、街場の若者の音(とはいえそのセンスはフレッシュで、腕は危なげない)。
これ最初に聴いたとき、エクスペリメンタルなトラックメイカーのソロプロジェクトとかで、ギターポップなんかに通じる青く煌めく世界をネタとして再構築してんのかと思ったのよ
。ヴォーカル加工をはじめエフェクト使いを多用したサウンドメイクや、ギターポップ的とゆうには歌メロとGリフ以外の要素も腰の入ったつくりをしてる佇まいからしてね。
それが、若い人力バンドの初アルバムだっつーじゃない
。ネタとしての青春もんどころか、演者はリアルにヤングだった。だからってマニアックな外部プロデューサーにいじくりまわされた風でもなし。実は地元の舞台系アートスクールで出会ったあんちゃんたちなんだそーな。
なるほどこれは、若いなり体系的なメソッドを習得した者たちによる表現だったわけだ。少なくともボンクラ的なユルさや情熱ダダ漏れはなく、若さゆえの過剰気味は多少感じるものの手際よくコントロールされた音像だものな。サウンドメイクにもパフォーマンスにも、俺たちそこらのアマチュア以上の技芸をもってるぜっちゅう矜持と余裕が伺えますよ。
若さの煌めきがパッケージされた表現なんだけど、語り口やヒネリ具合に妙なこなれ感があり、でも演者は実際若いのよってあたりが今日的、なのか?

2.25.2017
STITCH OF THE WORLD

TIFT MERRITT

2017 USA

フォーク/オルタナカントリーの実力派SSWの新作。軽く粗さのフィルターがかかった声で、ナチュラルな可愛げのある歌唱が素敵な姐さん。
本作は旧知の間柄だったとゆうIron & Wineこと
Sam Beam の全面協力によって作られてる。G & バンジョー他(Marc Ribot)、Pedal steel、B、Drとゆうシンプルな基本編成に、当人のGや鍵盤、Sam Beamの客演歌唱などが加わる。
かつてはアルバムがグラミー候補になるよな大舞台での実績もあった人だけど、人生色々あって疲れたりもして、久々ソロワークにかかるなら(近年はAndrew Birdのグループに参加してたりも。フットワークはいい人です)何かと手の届く環境で落ち着いて、ってなことみたいで。
本作、メジャー仕様のリッチでダイナミックな響きはないけど、良質なセルフメイドの匂いがしますよ

で、Sam Beamのサウンドメイク
。他人のプロデュースにまわっても、素材をエディットして作家性のある世界を構築するアーティスト気質は、やっぱ出るね。素材の持ち味を殺すような無茶はさすがにしないけど。
だからっつーか、本作それほどバンドサウンドにゃ聴こえないのよ、いや悪い意味じゃなく。バンドサウンドが同じ場所から皆でひとつのうねりを生み出してくようなもんとすれば、この音像は俯瞰の視点によるデザインといいますか。遠く近くに配された奏者が各々のタイム感で音を鳴らしてんだけど、全体の調和はちゃんと考えられてる、みたいな。
そいじゃ音の凝り具合はってぇと、これがIron & Wineの作品だったらずいぶん素直だなと思っちゃうけど、こんくらいが按配でしょ。大胆な異種交配ネタや奇抜なエフェクツはなく、あくまで歌とメロディを立ててます。
それでも聴きどころが歌の情感のみに偏らず、折々サウンドの面白さにも耳がいくようにはなってる。そうゆう匙加減で主演と演出が噛み合わぬとゆうこともなく。こりゃオーセンティックの範疇なのかっていえば、上品ながらもやっぱオルタナじゃないか、と。

1.28.2017
THE KRAKEN QUARTET On Audiotree Live

THE KRAKEN QUARTET

2017 USA

テキサスの打楽器野郎4人組みの、まとまった作品としては初作。アンビエント、エクスペリメンタル、ミニマル、ジャズなどを横断したインスト。タイトルの如くAudiotreeのスタジオライブの音源化。
全員が
鳴り物だけでなく、マレット物や鍵盤、エレクトロニクス等も操る打楽器メインのマルチ奏者。ライブの編成は、2人が鍵盤やヴィブラフォンも組み入れたドラムセットに座り、あと2人は立って演る。
各々が音階のあるパターンやシンプル目ながらも旋律を奏でるんで、打ち物のみの集団に比べると表現の幅はずっと広いが、トーンは一貫してる
。ソリッドな人力リズムの絡みに、ヴィブラフォンやチャイムなんかのホワワンと余韻ある調べが載るとゆう。
そこへさらにコードを鳴らす楽器や例えばギターとかのメロディ楽器がもひとつ加わったら、ありふれたアンビエントインストになってっちゃうから、この編成とバランスでいいんだろうな。
初めてライブ映像を観たとき、欧州北部のアヴァン系の人たちかと思ったのよ
。それがテキサスからってんで「まあ意外」と。サウンドからもパフォーマンスからも、体系的なメソッドとテクを学んだ者の締まりと手練れを感じたんだよね。情熱を自己流でこね上げて表現にまで高める米国ローカルのボンクラどもって印象じゃなくて、ね。
でも、後で知ったところじゃ、出会いは東部の街イサカだって。彼の地の有名な音楽学校で知り合ったかね。んなら頷ける。
このサウンドはさ、構築感ある複雑なリズムを人力でスクエアにキメることができてこそでさ。パワフルでも粗削りだと、違う。そこんとこ、ヴァイタルにしてインテリジェントなこの人たちの持ち味にちゃんと合ってるよな。
これがもし、もっと長尺でアンビエントテイストを強調したエレクトロニカとかで、均質な制御感に覆われてたら、俺はスルーしてた。
人力リズムならではの気持ちよさって、やっぱあるのよね
。スクエアっつーてもパッキパキに割り切れるわけじゃなく微っ妙〜にファジーで、なにより楽器がリアルに空気を鳴らしててさ(クローズドサーキット内だけで作られた音じゃないってこと)。
これ、ライブ演奏ってこともあって、あらためてそう思う。
1.28.2017
EL FILAMENTO

LUSBER

2016 ARGENTINA

アルゼンチンはラプラタ発、野郎トリオの新作。フォルクローレをベースに、ロックやジャズ(今作ではラテンも)などのハイブリッドポップ。
G、B&鍵盤、Dr&Per。主唱はGだが、他2人
も歌唱上等。曲により鳴り物、管、♀歌唱など客演あり。
ともに
新世代フォルクローレの野郎トリオってことであえてAca Seca Trioを引き合いに出せば(実際当人らは交流あり)、Aca Secaの落ち着いてて若手実力派然とした佇まいに比べ、こっちは街場の気さくなバンド兄ちゃんたちって感じで、そんな音。Aca Secaならそんなにわかりやすくはまぁ出すまいと思われるロックからの影響なんぞも、ホイッと出しちゃう。そんなでいながら、フォルクロリックな瑞々しさが全体にしっかり漂ってるあたりが味。今や3人とも髭面だけど、音像は温かく爽やかッス。
前作ではフォルクローレの情感とエクスペリメンタルに尖った部分とがそれぞれに存在する感じだったが、今作ではそういったテクスチャーの隙間をポップさで埋めてきた
。総じて親しみのある歌メロが打ち出されたつくりで、各曲コンパクトなサイズでテンポよく進む。とはいえ、皆奏者としても持ち技多彩なんで、表情豊かでフィジカルな演奏もしっかり楽しめてよろし。
思い返せば前作なかなかよかったが、当時の俺は、フォルクローレ方面の物差っつったら、深玄清澄な本格派か振り切れたエクスペリメンタルかっつー二本柱にとらわれててさ。どっちをあてて測ってもこのトリオはちょっと物足んない。で、考えがまとまんないうち、載せる機を逸しちゃったんだった。
でも今じゃ、こうゆう雑味のある(でも芯はちゃんとある)表現もいいじゃんと素直に思えますよ

12.13.2016
OJOS DEL SOL

Y LA BAMBA

2016 USA

米国ポートランド発、久しぶりの新作にして初のフルアルバム。
Y LA BAMBAってのは、フロントのお姐ちゃん(SSW & G。メキシコ系アメリカン)のソロプロジェクトの名義らしく、現状彼女以外のメンツは固定じゃない模様(クレジットも & FRIENDSと表記される)。
だもんで編成も曲毎さまざまで、客演G、B、打楽器あたりをメインに、♀コーラス隊や管が入ったにぎやかなのもあれば、ベッドルーム録音の独演もある

前作ではメンツもほぼ固定でバンドっぽいまとまりと立体感のあるアンサンブルだったけど、ここではそのテクスチャーがいい意味で煮崩れて、よりパーソナルでリラックスした音になってる(今作はセルフプロデュース)。フォークロア味のあるオルタナフォーク/ポップってとこかな。
インディロックよりフォーク/ポップってゆうほうがしっくりくるのは、鋭角的なドラムビートがほとんどないからね。打楽器は民謡の鳴り物っぽい響きが多いし、♀コーラス隊にしても繊細なハーモニー云々でなく大らかでたくましい合唱ですわ。
フォークロア味は、ことさらにどこ風ってのはなくて。スペイン語で歌われる曲には彼女のルーツメキシコの匂いもするし、あと強いていえば、
インド。
前作から今作の間、彼女は長旅に出たりしたそうで、その経験にあってインドの影響少なからずな様子(自前のアルバムアートワークにもインドモチーフのイラストがフィーチャーされてたり)。ただ、インドつーても、古典楽器やタブラがうねるディープなんじゃなく、「ヒッピーが葉っぱ吸ってアタマん中も花柄」的にスピリチュアルがかった浮遊感とかのほうね。
で、メキシコにせよインドにせよ暑くて乾いたイメージだけど、そうゆうエキゾチズムが彼女の持ち味たる淡い寒色のフィルターを通すことでいい塩梅にぼやけてるといいますか。
こうゆうマイルドなテクスチャーで歌もナイーブ系やほっこり系だと、俺の琴線には触れにくいんだけど、そこはこのお姐ちゃんの歌の存在感がものをいったね。ほどよくしゃがれた低めの歌声でありつつ、高音部へのそりあがり具合とヴィブラートがまた乙な歌唱。そこに、ただのストレンジ系にとどまらぬフィジカルな説得力を感じるわけですよ。
11.24.2016
KEEPING THE PEACE

ジャケは略

ARTHUR BEATRICE

2016 UK

英国の男女4人組みバンドの新作。
なんだが、セルフプロデュースで渋めの実力派インディバンドたるを知らしめた前作から、今作では外部プロデューサーを招いてなかなかのメタモルフォーゼ。スケールアップした厚い音像に、道具立てを凝らした攻めの表現。
具体的にはまず、主唱が鍵盤のお姐ちゃん一人になった。ビジュアルイメージも含め、彼女をフロントマンとしてアピールする姿勢がはっきりと。このバンドを今作で知ったなら、男女2ヴォーカルのスタイルだったとは思うまい。
んで歌唱にはエモーショナル増量。サウンドもそれを盛り立てるようドラマチックな演出増量。とにかく音数が増えたね。曲毎にエレクトロやエフェクツの小技が入ったり、オーケストラの管弦が入ったり。前作のコンパクトなサウンドメイクは4人の演奏で大筋再現できたけど、もうムリ。いきおいバンドサウンドっぽさは後退して、♀シンガーのソロ作といっても通る仕上がりに。
この展開が納得ずくの舵取りなのか商売上の方便なのか知るよしもないけれど、まぁ、さらなる大舞台へ打って出ようってタイミングでの大改造なんて普通に「バンドあるある」だしさ、その結果魅力がなくなったんなら、そもそもここに載せないし。
じゃあ俺にとってこのバンドの魅力はといえば、凛とした♀の歌声と温性ある♂の歌声がいいバランスで併存するスタイルであり、タイトなリズムだったわけで。
歌については、Gの兄ちゃんの味のある歌が聴けなくなったのはちと残念なものの、お姐ちゃんのクール & ドライで愁いある歌唱には磨きがかかり、そのおかげで、よりエモーショナルになったとはいえ感情の無闇な放出にはならず、アンダーコントロールでよろし。
リズムにしても、ずいぶんとにぎやかになった音世界を一歩引いた位置から締めるが如くに刻まれる端正なドラミングなんぞはまだまだ聴ける。
つまり、繚乱の大舞台にあって地味さに埋もれてしまわぬようドレスアップはしたけれど、このバンド独得のスタイリッシュさはキープされててよかった(けっこう際どいかもしれんが)、と
。俺はそこを味わうよ。
11.24.2016
MAT 2

FEDERICO SIKSNYS ENSAMBLE ROJO

2016 ARGENTINA

ブエノスアイレスの若手コンポーザー/バンドネオン奏者FEDERICO SIKSNYS♂率いる新進楽団の2作目。
バンドネオン、Cl、Tp & フリューゲルホーン、G、Pf、 Vin、ビオラ、チェロ、コントラバス、ドラムとゆう10人編成(チェロのみ♀)で奏でる、タンゴ、ジャズ、フォルクローレ、チェンバー等のハイブリッド。
初作から継承するタイトルの「MAT」とは「Musica Argentina Transgenero」。「他者からのカテゴライズに違和感を覚えるアルゼンチン産音楽」みたいな?
ハイブリッドのスタイルは、曲毎に主ネタをとっかえひっかえじゃなく、またひと皿に異素材盛り合わせでもなく、よく煮込んで具材の溶け合ったスープのような楽曲を揃える。基本オリジナル。
美麗なメロディ、滑らかな語り口でありつつ、構築感あるサウンドテクスチャー。総員全開のハジケっぷりとか奔放な個人技の応酬とかでなく、スコアに基づいて10の音色の抜き挿しや絡みで組み上げるアンサンブルで、個々のポジショニングと全体のバランスが常に意識された音像。
といってスコア偏重で息苦しくもならず、腕達者揃いの余裕を感じさせるハリのある演奏がよろし。
タンゴとかフォルクローレとかジャズとか、アルゼンチン産のインスト物ったら、落ち着いた叙情と技巧がデフォだろっつー先入観が俺にはあって、だから要求値も上がる。そっからさらに、唸るような深みやアイデアを見せてくれよと。小器用にまとまっちゃってても、そうはときめかない。
そうゆうひねた耳には今作、ガツンと歯応えのある音じゃなし。そして、ギミックに頼らず口当たりはよくて隙がない。端正だがちと弱いかな、あとひと押しってとこに留まるかな、なんて思いつつ聴きはじめたのよ。でも、こんなもんかと見切ろうとするたびすり抜けて、結局土俵に残ってた、これ。
そのステルスな魅力をうまく言葉にできないのがもどかしい
。健やかな優等生にみえて、どっか謎めいたとこがあるような。 
9.22.2016
THREE

DINERS

2016 USA

アリゾナはフェニックスのバンドの3作目。
SSWの兄ちゃん(G、B、Dr、鍵盤などひととおりの楽器をこなし、デジタルプロダクションもする)を中心に、他のメンツはその時々で変動する模様。なら前回のHAIRY HANDSみたいに実質ソロかっつーと、ちとニュアンスが違うな。
兄ちゃんひとりでもトラックメイクできるだろうけど、あえてそうしないとゆうか。実際デジタルエディットは施してるにしても薬味程度だし、弾き語りでフォーキーに振れすぎもせず。結局のとこアナログ主体のバンド物なテクスチャーがもっとも印象強いのよ。
サウンド全般シンプル目な道具立てながらも、ワンポイントの客演(男女歌い手多し)を配して、他者との共同作業の呼吸を大切にしてるとゆうか。だからセルフメイドの割合が大きくとも、音の場が箱庭的に閉じてないし、それなりに締まりもある。
曲調は自ら「フレンドリー」と形容するのも頷ける、親密さにあふれたポップ/ロック。いい意味でアマチュアっぽい歌声もマッチしてる。和物で自称フレンドリーときたら、歌詞をはじめ必要以上にウエットな表現なんじゃないかと構えちゃうとこだけど、これはドライな温性がいい感じ。
もっともこの点は、外国語の歌だからってのがあるかも。もし日本語だったら鼻につくよな歌詞センスだとしても、俺の英語力じゃそのレベルの機微はわかんないから問題なし。
それと、懐こいメロディが豊富。で、それをポップマニア的にこねくりまわさないのがいい。そのメロを主ネタとして4、5分サイズの凝った曲に太らせるんじゃなく、ひらめいたときの鮮度を保つようにさらっと短くまとめてる。2分台の曲がたくさん並ぶコンパクトな構成がまたチャーミング。

9.17.2016
MAGIC

HAIRY HANDS

2016 UK

英国野郎のソロプロジェクトの作。フルアルバムとしちゃ初作扱いになるのか?
SSWでトラックメイカーでマルチ奏者でもある男の、ハイレベルなDIYサウンド。
主調はジャズやソウルやポップスやムーディインストを分解/再構築した、フューチャーレトロでストレンジな味わい。60s〜70s頃のポップで意味不明でアートか下世話かわからんモンド系フィルムの粗い画面なんかに似合いそな音。
実際にテープノイズを施す演出なんかも出てくるけど、懐古趣味がメインとゆうわけじゃない。
人力感のある音色がいろいろ鳴ってはいても、総じてエディットされてて、デジタルな統御感が支配するサウンドテクスチャー。リズムは人力じゃ到底無理な過剰でねじくれたパターンの連続だし、デジタルエディットならではの仕掛けや急転もふんだんに出てくるし、と、土台はまさに今日的なハイテク変態サウンド。
が、そこに載っかるメロディがなかなか歌心のあるもので、歌唱もまずまずそれっぽく、奇天烈な土台との対照がナイスバランス。リズムだってヘンなパターンの単なるペーストじゃなく、ノリがしっかりキープされてて、そこを意識して聴くと、ヘンテコなのに滑らかなリズムループが気持ちいい。
フィジカルな音楽の勘どころをちゃんとわかった作り手によるデジタルプロダクションといいますか。
奇矯さの刺激に慣れてしまっても、いずれスタイルが古く感じられるようになっても、これは、心地よいサウンドとして折々
聴き返すことができそうでよろし。
9.5.2016
And Then Like Lions

Blind Pilot

2016 USA

ポートランドの6人組みバンドの新作。
彼の地は数年来アメリカーナ系インディバンドのブランド産地で、このバンドも大枠じゃそっち方面といえる人力フォーク/ポップ
。ただしポッと出じゃなく、そろそろ中堅になろうかとゆうキャリア。
Vo&G♂、G他弦物&Cho♀、以下野郎どもでDr 、B&Cho、鍵盤&Tp、Vib&鳴り物。
Vo&Gのフロントマンの書くじわりと染みるメロディは、飾らぬ声の温性ある歌唱によって、情感豊かな歌世界をなす。だもんでSSW 物として聴くことも可能だが、主唱の他も個性と存在感をしっかり発して、全体ではこのバンドの音が鳴っている。
そんなサウンドのチャームポイントは、まず男女混声のコーラスワーク。衒いのないユニゾンコーラスがたくましくも甘酸っぱい。
それと、固定メンツにVibやTpを擁する(加えて本作では管弦やPedal Steelの客演も)編成による、ストリング系に偏らぬ彩り。かつ諸楽器、クラシックやジャズ由来の技芸的洗練が匂いすぎることなく、ポップスとしてのこなれ感があるのがよろし。
にしてもこの音楽の身になじむ加減とゆうか、安寧を覚える感じはどこから? と考えるに、趣味としての音楽鑑賞を意識しはじめる頃に聴いてた国産のニューミュージックやフォークに通じるノスタルジーが喚起されるからなんだな。いや正しくは、当時のニューミュージックやフォークの元ネタの多くが、このバンドが受け継いでるのと同じく、往年の米国のおおらかなポップスだったってことだろうね。
国産ポップス経由で間接的にではあるけれど、だから洋楽体験として、米国田舎風味のフォーク/ポップは、激しいロックより、しゃれたアーバン物より、その他諸々の複雑なジャンルより早かった、といっていいのかどうか。ともかくこうゆうの聴くと、ニューミュージックなんかの記憶とダブって懐かしさのツボが突かれることは確かなのよね。
あ、でも、このバンドはノスタルジーに終始するだけの音じゃないよ
。今日的にドライなエディット感覚で整理されていて、くどかったり、センチメンタルに過ぎたりすることなく、意外にあっさり、テンポもほどよし。
8.14.2016
SOLO PIANO

EXEQUIEL MANTEGA

2016 ARGENTINA

ブエノスアイレスのピアニスト/コンポーザー♂の作。
フルート奏者の奥さんとのデュオで名を広めたこの人は、ジャズ、タンゴ、フォルクローレ等々を手札とし、三十代の中堅どころにして彼の地のインスト界のキーマンのひとりといった存在感。
リーダー作や参加作はいろいろあるが、自作曲かつピアノ独奏オンリーとゆうのは、たぶん初。
過去にリーダー作をチェックしたことあるけど、美麗なメロを書き、巧緻なアンサンブルを操る人だなと。すげぇ雑に例えると、マイルドなDiego Schissi とか? 上質で
口当たりもいいんだけど、もひとつグッとくるもんがなかった。
それが今回、自身の独奏のみ。
俺なんか、アルバムまるまる独奏なんて飽きちゃうもの。よほどフェイバリットな音色の楽器で、鳴ってるだけで気持ちいいならともかく、弾きまくりの力技一辺倒だったり、とりとめないムードだけだったりしたら、なおのこと。
ところが本作、抑えの効いたタッチによる、心地よくハリのある音像から耳が離れない。ピアノ一台と両手だけで世界を成り立たせるとゆう制約で、持ち味の構築性がいい塩梅に濾されたといいますか。これなら他の楽器は要らないな。
持ち札の豊富な音楽家が、タンゴなりフォルクローレなり決まった手札に偏ることなく、ひとつの楽器と存分に向き合って紡ぎだした音って感じで、持ちネタで
適当に流しました的なユルさがない。ミドルローの静謐な曲では、サティのジムノペディなんぞを彷彿させるメランコリィを醸し、速いテンポの曲では器楽的運動性とリリカルな旋律のバランスよろし。
彼の地にはジャンル横断な作風の鍵盤マエストロがさまざまおわすけれど、幽玄すぎて寝ちゃいそうとか、too much気味な
イマジネーションの一大絵巻とか、どっちかっつーと大仰な印象があってさ。
そこいくと本作は締まった表現で、だけどストイックすぎてとっつきにくいことはなく。そんなスケール感と温度が新鮮な美品であります。
7
.26.2016
GRIS

JULIANA CORTES

2016 BRASIL

ブラジル南部クリティーバの、シンガーのお姐ちゃんの新作。
曲書いたり演奏したりでなくもっぱら歌い手だが、アーティスティックな姿勢がうかがえる。
耳たぶにそよぐ微風のごとき滑らかな声はひとつの楽器として快く響き、またそれが映える丁寧な歌唱。
んで、サウンドなんだが。これが一聴アルゼンチン産かと思うよな、抑制の効いたアンサンブルで。Gやチェロ、Pfなどの生楽器が存在感を示すいっぽう、電化物の比重は小さくないもののあまり前面に出ないつくり。すっきりした音像で、音色各々が立っている。
中盤に2曲、アルゼンチンの気鋭コンポーザーDiego Schissi(Pf)とその社中(バンドネオンとコントラバス)が参加したタンゴ味な曲あり(ブエノスアイレス録音。このおかげでアルゼンチン濃度が上がってんのは確か。あとはサンパウロと地元クリティーバで録ってるそうな)。他にはGの刻むリズムが牽引する曲、ヴィブラフォンによるミニマルパターンをフィーチャーした曲など、曲調も編成もさまざま。
さまざまながらも通底する贅肉落として洗練された肌合いからアルゼンチンっぽさが漂うわけだが、よくよく聴けばなるほどブラジルな潤いと躍動感のポテンシャルが細部に宿ってるとゆう絶妙なるテクスチャー。
とにかく耳に心地いい。でもそれだけじゃないのよ。
例えば、落ち着いたアンサンブルの後ろのほうで、マルチ打楽器奏者Guilherme Kastrupの仕掛けるヘンな加工音のリズムループがごくごく控えめなボリュームで鳴ってたりして。この塩梅、ニクいねぇ。プロデュース & GのDante Ozzettiのセンスだろか。
その他にも、リズムアプローチなんかで意欲的な試みがいろいろと
。攻めの姿勢を派手に打ち出すようなことはないものの、刺激という面でもゆるみのないサウンドメイクといいますか。
そんな、大人な匙加減が実に好ましい逸品であります。
6.24.2016
LITTLE TYBEE

LITTLE TYBEE

2016 USA

アトランタの男女6人組み、人力技巧系フォーク/ロックバンドの新作。
Vo&G(♂、ソングライター)、8弦G、Vin♀、B、鍵盤、Dr。
哀愁とエレガンスを含有するのびやかなメロディ。スリリングな展開もみせるアンサンブル。
Voはつぶれ気味でマスキングのかかった声、抑制の効いた歌いぶり。強い押し出しはないものの、のどを絞る高音部ではけっこう中性的に響いたりして、ひと筋縄じゃいかぬ味あり。
さらに歌をしのぐほどに雄弁なのが、涼やかなVinとテクニカルなタッピング炸裂の8弦G。それら楽器群が滑らかに絡み合う器楽的快美感がいちばんの魅力。
なんだけど、サウンドテクスチャーとしてはいわゆるチェンバーテイストから外れてて、そこがいい。
Vinや8弦Gが活躍すれどもクラシックやらジャズやらの文法を派手に援用することなく、どの楽器もポップ/ロックの範疇で鳴ってるように聴こえる。実際には素地がロックだけの奴らじゃ出しがたい音だけどさ。
チェンバーつったら、凝ったアンサンブルを成り立たせるうえでの緊張感がそれなりにあるもんだけど、このバンドにはそこを超えた闊達さがあるとゆうか。職人的な個人技を立てたサウンドメイクってより、DIYなバンドサウンドとしてのこなれ感のが印象強いんだな。
いや、皆そうとう達者なのよ。でも街場の腕利きって佇まいで、もったいついたマエストロっぽくない。よきインディって感じの空気。(因みにセルフタイトルだけど初アルバムってわけじゃなく、バンドのキャリアはそろそろ中堅の域。)
ハイレベルな技芸でありながら、どこを切っても瑞々しく肌理こまかいバンドサウンドなんで、流し聴ける音響ものとしても重宝しますです

6.7.2016
3

HONEYHONEY

2015 USA

米西海岸発、SSW 男女デュオの、今んとこ最新作。
愛聴盤なんだけどさ、「ツボな歌声」、「胸に響くメロ」ときて、その先がまとまんないまま、だいぶ過ぎちゃってた。
けど、前掲のCarrie Rodriguezについて書きながら、両者米国ウエストサイドな音演ってんのに好対照だよなと気づいて、そっからこの二人組みのこと、あらためて思い巡らせた次第。
♀(主唱、Vin、G、バンジョー他)、♂(Eg、Ag、鍵盤、歌唱他)の主役二人に、B、Dr、客演G、Pedal steel等を加えたバンドサウンド。
前作にはスモールプロダクションの味もあったけど、ここでは洗練と華やぎが増し、メジャーなスケール感が出てる。つっても音像はシェイプされてて、不似合いに大仰だったり贅肉が気になることはないよ。
そんでもって、時間かけてジワジワ盛り上げてくとか、名手のワザの見せ場たっぷりといった「引っぱる」演出を潔いほど捨てて、ひたすら歌メロを立てる構成。テンポよくケレン味あふれる映画のティーザーのように、ウエストサイドのエッセンスをコンパクトな一曲にまとめる手際。PVもまたショートフィルム的に凝ってて、二人とも演技しちゃうし(お姐ちゃんはモデルや女優もやるそうで)。なんかこう、表現全体、ハイクオリティな商売モンみたいな…。
でも全曲自前だし、ほぼ二人だけの実演映像とか観ると、タフなミュージシャン然とした姿でさ。実際はかなり地力のある人たちに違いないんだよね。
そんな、一見ショービズ寄りのスタンスかもって印象が、正統本格の風をまとうCarrie Rodriguezとは好対照、と。
でも、ま、結局、お姐ちゃんの歌声に尽きるのよねこのデュオは(最後にそういっちゃ身も蓋もないけど)。この、ほどよくディストーションがかかったビターでドライな声が、ど真ん中なのよ。

よくできたエンタメか自然体な本格派か、立ち位置の違いどうこうなんて、この歌声のフィジカルな存在感は突き抜けてきちゃう。そしてがっちりハートつかまれちゃう俺なんでした

5.8.2016
LOLA

Carrie Rodriguez and the Sacred Hearts

2016 USA

テキサス生まれのチカーノSSWの新作。
音楽家の家系で、バークリーで学び、VinやGなどマルチストリング奏者でもある。米国ウエストサイドと国境の西メキシコのルーツな調べを手札に、英語、スペイン語(とスパングリッシュも)を歌い分ける。出だしからカントリーの大物に認められ、オルタナな輩とも積極的に交わる実力派。
柔らかく品のある、大人声の歌唱いとよろし

このお姐ちゃんはさ、モダンなセンスのルーツ系若手実力派として、とってもバランスのとれた佇まいなんだけどさ。俺みたいな偏食が思わず食いつく突出したエグ味はないし、有無をいわせぬほど素晴らしいとまでの存在じゃないし、とっかかりに困るタイプだったのよヒネクレた聴き手には。
ところが、彼女のキャリアからするとやや変化球かもしれぬ本作、いいんだな。いつもどおりカントリー系も演りつつ、これまで以上に自分にとってのランチェラスタイルを追求した作品のようで、自前のレーベル発。
今回のプロデュースはLee Townsend。その縁で(だよね?)、本作のためのチーム the Sacred Hearts (G×3(Eg、Ag、Pedalsteel、etc.)、B、Dr)には、Bill FrisellやViktor Krauss といったアメリカーナの匠が顔を揃え、そこに彼女の Vin が加わる。

ま、Bill Frisellであり(アレンジ面でも助力してるらし)、その音色の扱いに長けたLee Townsendのサウンドメイクなわけで。匂うのはそこよ。
Frisell 印の幽玄世界がシンガーのサポートレベルを超えて溢れ出すよなこたないけれど、Gの音色ににじむそこはかとない陰翳と浮遊感が、もうね。(むしろ近年のFrisell師の主役仕事にもひとつのめり込めない俺には、これくらい控えめなFrisellテイストが却って新鮮だった。)
ランチェラ、カントリー、どのスタイルも肌理が整い色艶もしっかりな音像で心地よく、そこに
ほんのり漂うミステリアスな匂い。この加減が実にツボ。歌声もさらに引き立って聴こえますよ。
5.4.2016
Un Bon Trouble

UNBELTIPO

2016 JAPAN

スタジオ録音物としては久々の新作。Gトリオだけでなく、G/Vin/Fluteのアコースティックトリオと今堀ソロと、変則形態2タイプも一曲ずつ収録。
今作の主調は、ミドルテンポの不整脈リズムを土台に、リラックスムードのチェンバーインストをいったんバラして歪に組み直した如き世界。プログラミングによる音色の存在感が増してるけど、初期のように胃もたれするほど作り込んだ感は強くなく、必要十分な匙加減

一曲の尺は6分前後が多く、10分近い曲が並ぶライブに比べて7分目くらいのボリューム感でさっくりと移りゆく。
スタジオ録音ながらぐっとライブ寄りのダイナミズムが印象的だった前作からすると、全体に落ち着いてて、さほど重らぬ腹ごたえ

まぁ、スタジオプロダクションはそれはそれ、人力主導のライブはライブ、編成のバリエーションも含め、この振れ幅すべてがUBT=今堀恒雄の表現ってことッスか。
ところで、アコースティックトリオの曲ではVin 太田惠資の持ちネタであるコーラン風歌唱が出てきて、それ自体嫌いなわけじゃないが、正直「UBTで歌声?」と思っちゃう。同じ人声でも例えばサンプリング&エディットされたコーラン風が背景に使われるだけならこうも違和感もたない気がするから不思議。UBTの表現は多様なのだといいながら、Gトリオでのロックインスト風こそ純正形態だってぇな見方に、俺もとらわれてんのかな。
もういっぽうの変則形態である今堀ソロ(つっても独奏じゃないよ。打ち込みリズムにのせた、G、ガンブス、カヴァコ、マンドリンとゆうエスノ色ある弦楽器のひとりアンサンブル)、これはちょっと面白い。ストレンジ度、構築感、テク、いずれも骨太な安定ぶりで、ルーツ系ともチェンバー系とも一人宅録系とも違う肌合い。ミニアルバムでいいから、このスタイルでまとめたもん聴きたいと思いましたよ。
4.27.2016
ARE YOU SERIOUS

ANDREW BIRD

2016 USA

幅のあるスタイルで精力的に活動するSSW/マルチ奏者の新作。
今回は歌物で、主調は70s あたりの懐かしさも
匂う人力主体のバンドサウンド。なんだけど、単に往年のそうゆう音を今日的にブラッシュアップしたものとは、ちと違う。
具体的には、当人自ら奏でるバイオリンの存在感とその音色による異化効果が大きい。
スタンダードな編成+バイオリンなつくりじゃなく、スタンダードな組成要素の一部がさりげなくバイオリンに置換されてる
。ギターがドライブしそうなフレーズをより滑らかな弓弾きストリングが奏でたり、カッティングで埋めるよなとこがピチカートだったり。
だもんで全体の音像はすっきりしており、エレガンス増量。
といって、いたずらに華奢なサウンドにならないところはさすがに年季の入った手際だねぇ
。ルーツ系フィドルのタフな技芸とはまた違うバイオリン使いで、ポップミュージックとしての血色をキープしてる。
そして歌メロね。
この人のメロディは、鼻歌から延ばしたような曖昧さの少ない輪郭のはっきりしたもので、ノド自慢タイプとはいえぬ彼の歌唱であれ、歌メロはしっかり立って聴こえる。いい意味でインストルメンタリスト的センスの産物とゆうか、声でなく楽器でなぞってもよく映えそう。ほどよく漂う哀感もまたよろし。
もっと器楽的に凝りまくったサウンドメイクだってできる人だろうに、今作、歌メロをストレートに聴かせるようなスタイルでよかった。メロディの佳さに改めて気づきましたわ。
4.5.2016
COSTURERO

COSTURERO

2015 ARGENTINA

コントラバス&歌、生Gによる野郎デュオ、初作。
ともにインスト寄りの畑でキャリアを積んできたが、コントラバスの Santiago Quagliariello の創作意欲はなお溢れてるようで、今度は全曲書いてさらに自ら歌っちゃうぜってんで、GのEsteban Carullo を誘ったっちゅうことかね

全体に漂うセンシティブで温性ある空気はフォルクローレに近いもので、さらにクラシックやボサやジャズの匂いも溶けたサウンド。
実演映像を観ればデュオのみでも成り立つことはわかるが、本作では曲によりフリューゲルホーン、ソプラノサックス、クラリネットといった単管、鳴り物、弦楽カルテットなどが色を添えている

サウンドの主軸たるデュオ両人とも奏者として実力派であり、さらに客演による+αの音色の配し方も効いてて、そのシンプルにしてハリのあるアコースティックな音像が魅力の第一。
ただ、それからすると歌はぐっと素朴なんだなこれが
。頼りないってほどじゃないけど、凄みとか余裕のエンターテイナーぶりとかには遠いカジュアルな歌声。
でも、それが惜しい、とはならない。この歌唱と演奏の按配のおかげで親しみが増したと思うのよ俺にとっちゃ。
この音はさ、圧倒的な表現ってゆうより、粋な小世界だからさ。そうゆうのは、あんまり隙なく予定調和な出来だと、感心止まりになる恐れがけっこうあるから。少〜し綻びてると、それが却って愛嬌になることもあるのよ、これみたいに。
3.3.2016
HUM

EERIE WANDA

2016 NETHERLANDS

ボスニア生まれ(クロアチアとする情報もあり)でオランダ拠点に活動するSSWのお姐ちゃんの、ソロプロジェクト初作。
アムステルダムの音楽仲間(野郎3人)がサポート。お姐ちゃんの歌とGのバックに、G、B、Dr。ライブではそこにPerが加わったりしてる。
ユルめのテンポで、薄いヴェール越しにサニーな景色を眺めるよな夢うつつのテクスチャーが不思議な味わい

これを説明しようと、SSW的、雰囲気もん、北欧っぽさ、ドリームポップなんて言葉が浮かんでは、聴くうちに「そうでもないか」と流れ去っていき、なんともニッチなとこにいるサウンドっちゅうか。
クセのない低めの声で、はじけることなく丁寧な歌いぶり
。メロディ自体はけっこう懐っこいんだけどね。想像するに、英語がルーツ言語じゃない者が、発音に気を配りつつ英語で歌うとこんな風になったりするかね。歌に力みや感情込めるのが自然とセーブされるとゆうか。狙ってドライな感じ、な嫌味はないのよ。
そんな歌とポヤンとしたGの音色がある種浮遊感を醸しつつ、サウンド下層じゃリズセクがけっこう楽しそうに演ってんじゃんみたいなとこも、よく聴きゃ妙なバランス(だから、いい)。
因みにEerie Wandaってのは、主役のお姐ちゃんの名前じゃない
。これも想像するに、お姐ちゃんと同姓同名の歌い手だか女優だかがホントにいるんで、面倒を避ける意味もあってソロ名義はやめることにしよう、と。ならいっそプロジェクト名を全然別の人名にしちゃえ、てな。
昨今のインディ方面のネーミングパターンでさ、紛らわし系みたいの、あるじゃん。ソロなのに○○s って名乗ったり、バンドなのにメンバーの内にいない人名つけたり、あーゆうの。
2.28.2016
くじらーーライブ

くじら

2016 JAPAN

急逝したエンジニア/ミキサー、藤井暁の仕事を編むシリーズから、初期くじら(1985〜87。30年前!)のライブが登場。
すべて未発表音源、つーか藤井暁がライブ PAをする
傍ら録ってたプライベートな音源らしき由。ゆえにこの音質でエンジニア仕事を云々するよなもんじゃないけれど、この内容が陽の目を見たのは藤井暁のおかげに違いない。
メジャー展開にともなって、くじらはそれまでの生音スタイルから通常の PA 使いへとライブ仕様をチェンジしてくわけだが、その頃の記録だね

くじらは演奏面のフィジカルな魅力がしっかりあるから、ラフに録られた古いライブ音源といえど、ノスタルジーは別にして、聴ける。だから2CD27曲とゆう出し惜しみのないボリュームはうれしい。
ただ、本作全体の三分の二を占めるのが、当日のステージをほぼコンプで収めた1986年FM東京ホールってのはちと意外。
その日は2ndアルバムのレコ発ホールライブで、プロデュースの清水靖晃がけっこうな曲数客演したのよ(俺その場にいた)。でもその頃までのくじらでライブに本格的客演なんて、異例中の異例よ。メインコンテンツは3人での純粋形態の日じゃなく、その日なの? とは思う。(でも本作は杉林恭雄(≒くじら)監修だし、これで納得なわけだよな。)
あ、でも、こだわり捨てて音を聴けば、いいライブよその日も。その後のくじら周辺人脈からはちょっと外れてる清水靖晃の存在感自体が新鮮だし、抑えの効いたストレンジなプレイもよし、初期曲にサックスやクラリネット単管が加わる味わいもまた乙。
ところで、8
0〜90年代は俺がもっとも精力的にライブを観てた頃でさ。藤井暁の仕事範囲と俺の趣味はけっこうかぶってたようで、行く先の PA ブースに彼の人の印象的な風貌をよく見たのは憶えてる。ひょっとして、俺のライブ鑑賞経験値の土台の何割かは藤井暁のチューンナップになる音だったのかもしれん。
2.24.2016
DESPEDIDA

GUSTAVO TOBA

2015 ARGENTINA

歌い手のサポートなどする他は精力的にソロ活動をしてる風も伝わらぬブエノスアイレスのギタリストが、ポロリと出した独奏集。
生ギターで紡ぐメロディの背景に鳴るのは、ごくごく淡いフィールド音とエフェクツぐらいのもの。
フィールドレコーディングの素材は本作プロデュースの Ulises Conti の仕込み。この人、抑制はあるなりにもう少し世界を描き出すタイプと思ってたんだけど。この潔く簡素な音像が彼による按配なら、よい仕事。
1、2分の小片が23曲とゆうコンパクトな標本的つくりがまた俺好み。ギターを爪弾きながら創作中のようすを録って並べただけのような無造作感がありながら、聴こえてくるのは豊かな鉱脈から産した美メロの原石の如き旋律の移ろい。映像喚起的にして、ジワッと胸に染む。
描き込んだ設計図を寸分の隙なく具象化しようとゆう気負いもなく、音響の雰囲気に助けを借りるでもなく、さりげない旋律のポテンシャルでもつミニマムな音世界。
正月の澄んで乾いた空気とうららかな陽射しのような佳き響き

1.5.2016
PROPULSOR

HELICES

2015 CHILE

チリ産、野郎4人組み(G、G、B、Dr)の初作。
マスロックを意識してるのは確かなようで、その括りで紹介されてもいるけれど、トータルな印象では、所々で顔出すマスなパターンよりテクニカルでメロディアスなロックインストってのが勝る。大体にして、アウトプットのベクトルが音の制御でなく放出なのよね、こいつら。
個々の運動性をシンクロさせねばとゆう固い意思統一による緊張感はさしてうかがえず、めいめいに表現衝動をほとばしらせてて、でもそれが不思議とひとつの大きな流れに収まってる感じ。
マス的展開で、ここはフォーカスをピシッと合わせて硬質な音像でいってほしいよなってあたりでも、解像度粗めで内からあふれ出るままに、って調子でさ

俺の尺度では、故にこれは、マスロックの南米的変種? いや、どっちかというならテクニカルインストの範疇じゃあるまいか、と。
そんなら、あくまでマスロックとして賞味することにこだわるのはさっさと放棄してですね。アタマを空にして、南米的「どうにもとまらない」なアウトプットの奔流に身を委ねるが吉。
ロックインストなら、やっぱこのくらい振り切れて躍動を披露してほしいじゃん。フュージョンみたいに巧くまとめる必要はないし、破壊や混沌でお茶を濁されるのも嫌だしさ。
こいつらはもう出し惜しみなしよ。南米的過剰性とそれを出音に反映できるフィジカルを抑える気はないみたい。ギター、エフェクツかましすぎだろ、ドラム、叩きすぎだろと苦笑しつつも、ロックな音の饒舌なる躍動を浴びるほど味わえますです。
ところでジャケ、な。
エキゾチズムは相対的なものとはいえ、異邦人にゃこのカタカナがストレンジに映るのかね。このそこはかとなき脱力味を如何にせむ。
12.15.2015
SOY EL VIENTO

MARIELA CUSA

2015 ARGENTINA

生楽器主体のフォルクローレグループでも活動し、音声(人間の歌声のことだろうね)のエスノロジカルな研究家でもあるそうな♀SSWのソロ初作。
鳥の擬声(けっこうな離れ業)なども繰り出すヴォイスパフォーマンス展開がある一方で、潤いある声による落ち着いた歌唱を聴かせ、自らチャランゴやバンドネオンも操る。
曲毎に編成は様々で、♀コーラス、G、チェロ、各種鳴り物、コントラバス等の客演が配される。洗練された響きのフォルクローレポップやらルーツリズムに民謡調の合唱が載るものやら曲調にも幅があり、オーガニックな質感で音数の多くはないサウンドながら、メリハリの効いた流れで飽きさせぬ。
学究肌な人の場合、生真面目さが音楽表現の勢いや色気の不足につながることもあるけれど、ここでは分析的でロジカルな資質がよいほうに反映されてると思うのよ

全体を俯瞰して整理構成し、かつ細かいトコにも目配りが届いてる感じ。その、ちゃんと考えてていねいに作ってる感が好印象。
しっかりしたミュージシャンシップと瑞々しいセンスのおかげで理が勝ちすぎず、ナイスなバランスの佳品になっちょります。
12.5.2015
SEM MEDO NEM ESPERANCA

ARTHUR NOGUEIRA

2015 BRASIL

まだ若い兄ちゃんながら、既に有名どころの歌い手への楽曲提供実績もある♂SSWの新作。
今作は、プロデュース含めてDr ×Gのエクスペリメンタルデュオ STROBO が全面バックアップ。他に、生G、チェロ、シンセ等の客演あり。
で、なんつっても歌がね、レニーニに似てるんだな。ガツンといく系じゃなく、しめやかに歌う時のレニーニに。もっとソフトであっさり味だけどさ。
あちらも今年久々の新作が出て。そりゃまあレニーニ的仕上がりであの説得力ある歌声も健在なんだけど。90年代にハート鷲づかみにしてくれた如きフロンティアな立ち姿には映らないことが、俺みたいなヒネクレ者にゃもどかしく

もし「未知との遭遇」以後のレニーニがもっと小さくまとまってたら案外こんな音演ってたろうかなんて、今作の歌声聴くうち妄想が…。
いやいや、レニーニ云々さしおいても、これ、予想外によかった。
実は今作、ジャケのビジュアルセンスが好みでなく、もっとやんちゃな(俺にゃToo much な)トンガリ具合を想像してさ
。そんな色眼鏡で一聴したところあんまピンと来ずだったんだけど、機会があって、改めてじっくりチェックしてみたら…、っちゅう経緯で。
若手実力派として鳴るだけありの聴かせる歌メロ、ストリングス使いのこなれっぷり、それらが載っかるリズムトラックはエレクトロと人力を練り合わせた今日的複雑系。
攻めてる要素はあれども全体としては抑えが効き、Too much どころかむしろシェイプされた背景に歌メロが立ち上がるよなサウンドメイク。いいじゃないすか。

12.5.2015
COUNTRY AGENDA

ALEX BLEEKER & THE FREAKS

2015 USA

米国インディじゃそれなり知られたバンド REAL ESTATE のベーシストのソロプロジェクト新作。
当人はこっちじゃ歌唱とG、ソングライティングを担当し、他にG、B、鍵盤、Dr の野郎5人組み。客演歌唱などあり。
ジャケ見て、ネイチャー志向とゆうか、生楽器フィーチャーしてチェンバー寄りになってたりするかと思ったが、それはなかった。
牧歌的な空気は漂うものの、あくまでシンプルなバンドサウンド。ポップミュージックが今よりもずっとイノセントに煌めいて見えた頃を彷彿させるよな馴染みよいメロディ。
60s やら70s みたいに、昔のサウンドをミクスチャーの手札のひとつとしてでなく、自分らの基本スタイルに据える場合、アップデートに
精出しすぎても、それが魅力に直結するとは限らないから難しいよね。
オヤジ世代は(少なくとも俺は)、今よかローファイな肌触りのクリエイションを貧弱なオーディオ環境で聴いてポップミュージックに目覚めたってことが、刷り込みになってるからかもしんないけどさ。往年のロック/ポップスに入れ込んだ今日の音で、かゆいとこに手を届かせまくりの整いすぎた出来だと、感心する半面どっか白けるとゆうか、ね。
そのへん、決して整いすぎにならない、自然体な力の抜け具合がとてもいいのよこのバンドは。
例えば巧すぎない歌。下手だったり魅力に乏しい声ってわけじゃないけど、いかにもプロっぽい迫力や商売物的押し出しや艶光りはない。いい意味でのアマチュア感。
サウンド全体にも通ずるこの感じが、即ちいい具合な力の抜けってことか
ともあれそのおかげで、非凡なるグッドメロディが理屈すっ飛ばしてハートに染みてくるのだった。
10.20.2015
PARA ALEM DO MURO DO MEU QUINTAL

FRED MARTINS

2015 BRASIL

ブラジルの中堅SSW/ギタリストの新作。
強い押し出しやエグい個性はないが、落ち着いた、雰囲気ある声と歌いっぷり。
編成は曲毎さまざまで、当人の歌唱とG(Gは全編ほぼ当人による)、チェロ、Per、鍵盤、フルート等の中所帯から、G弾き語りまで。
エフェクツなども控えめに施され、音像はモダンにシェイプされてるが、サウンドテクスチャーは人力アンサンブルのそれ。チェロの活躍度高し。
そもそも、凝ったミクスチャーやサウンドメイクが売りじゃなく、ボサの美メロの紡ぎ手として鳴る人で、あんまり俺が食いつくタイプじゃないんだが、公式ティーザーの曲がかっこよくてさ。器楽的構築感と緊張感ある、ちょっとタンゴっぽくも聴こえる曲
。え、こんなの演る人だったの? と、本作をチェックした次第。
結果からゆうと、その手の曲はほんの少しで、G弾き語りでもじゅうぶんいけそな、シンプル編成でじっくり聴かせる曲が主流だった。
けど、肩すかしってことは少しもない。
向こうからグイッとつかみに来やしないけど、なんつーかこう、地力があるね。聴き出すと、快美な音のハリと密度が持続して、気が逸れないのよ。
アルゼンチン産かと思うよな(一瞬ね。ちゃんと聴きゃまず湿度からして違う)浮つきのない技巧とナイーブな気配もあれど、サウンドに華奢なところはなし。また、なにやらオシャレ気ではあるけどつかみどころないってな風に流れもせず、歌メロもGも輪郭のはっきりしたブラジリアン旋律。
胃もたれせぬ加減でサックリ終わる構成もグッド。佳いアルバムじゃないスか。
ついでながら、南米産に限らず昨今俺が憧れる音楽の有りようって、引き算方向での鮮やかな表現、そして、引いた状態を不足と感じさせぬ頑丈さ、で。これはかなりいい線。
9.29.2015
THE VILLAGE EARNER

SEIN BO TINT

? MYANMAR

ビルマのトラッドに hsaing waing っちゅう打楽器ベースのアンサンブルがあって、これは斯界の太鼓マスターの一人 Bo Tint 師率いる社中の演奏を記録した盤。
主役は師の奏でる pat waing (ジャケのテキトーな絵の左上のやつ)
。奏者を環状に囲む柵の内側に、細長いタブラのような太鼓が20個ぐらいぐるりと吊られてて、すべてピッチが違う。それをタブラみたいに手で叩く。知らずに音だけ聴いたら、木琴? タブラ? スチールパン? となるよな正体不明の音色。
他は、件の太鼓をドデカくしたような、こちらは鉢で叩く革物太鼓群。ゴングやシンバルなど見た目も音色もガムランっぽい金物群。ネパールあたりのお祭りで鳴ってそうなチャルメラ等。
そんな布陣で鳴らされるのは、ざっくり例えると、ユーモラスにして雅趣あるタイの宮廷音楽をいなたくしたような……。でも、あちらより小所帯なぶん楽器個々の活躍度は増し、インスト物としての醍醐味はアップ。
俺にとっての東南アジアトラッドの魅力といえば、ドラムビートのハードアタックよりずっとまろやかな感触のリズムのウネリと、もの哀しいのか楽しいのかわからんストレンジな音階。主にそのふたつだけど、ここには両方ある、てかほとんどそれだけがある。
ビルマの音っつってもこれまで確たるイメージがなかったけど、これほどオリエンタルのツボをついてくるもんがあったとはねぇ。
ジャケに「セレモニー音楽とインプロ」とあり、ラストの、実質ほとんどpat waing 独演状態、30分超えのやつがインプロだろうけど、自在な演奏による長尺の持たせっぷりがすげぇな
。これが間近で繰り広げられたとしても、奏者の胸元から上しか見えないとゆうブラックボックス仕様。それもすげぇな。
9.5.2015
Horizon Line Teaser - EP

Future Thieves

2015 USA

ナシュビル発、若手野郎4人組みバンドのデビューEP 4曲入り。Vo×G、G、B、Dr 。
地元のボンクラ仲間の集まりじゃなく、ソングライターである歌い手の兄ちゃんが本格的に音楽活動を始めるうえでメンツを集め、ナシュビルに腰を据えることになった模様。
だもんで、皆それなりの腕前。ちょいしゃがれて苦味のある歌声。ギュイギュイいくのも細かく刻むのもこなし、耳をつかむフレーズがけっこう出てくるG。コシのあるB。タイトで、面白いタイム感の小技を使うDr 。
新人にしちゃこなれたソングライティングとサウンドメイクだけど、パフォーマンスの鮮度がそれを上回り、下手に落ち着きすぎないとこがよし。
音はアメリカンロック。とはいえ、勢いで押す大味なのじゃなく、諸要素の影響がにじみ出る今日的なハイブリッドタイプ。スケールの大きさやワイルドさ土臭さはもちろんあるが、ギターポップなんかに通ずるナイーブな煌めきや胸にくる哀感もある。
野郎くさいルックスでお行儀よくは見えねども、クリエイションにはインテリジェンスを感じるね。それも、小賢しさとしてでなく、タフな(つっても、ことさらタフさをアピールしたりはしないが)表現のうちにちゃんと練ってる感じが漂うのが素敵。
まずは素直に「メロディいいね」「演奏かっこいいね」が先に立ってその後に、「けっこう含蓄あるんじゃないか」となる。今んとこ、音楽的含蓄の発露が(実は周到に計算してたとしても)自然体に見えるんで、このフレッシュな印象をぜひキープしてってほしいね。
タイトルの通り、つかみは上々な予告編だと思いますです

9.1.2015
DIGITAL TROPICS

MUTINY ON THE BOUNTY

2015 LUXEMBOURG

ルクセンブルクの野郎4人組みバンドの新作。
G×2、B、Dr とゆう編成で4人中3人はVoもとるが、今作は全曲インスト。シャウト系の粗い歌唱は特に印象的でもないんで、バンド像を整理してアピールするならインスト路線でいいかも。
当人らはマスロックを標榜してんだけど、俺にとってマスロックの要諦は「人力なのにメカニカル」だからさ、そこんとこのズレにやや戸惑う。
このバンド、曲中もっともメカニカルでアクセントになる部分が、けっこうエレクトロのループだったりすんのよ。で、それとの同期演奏が基本スタイル。
人力演奏はエレクトロパートと無理なく噛み合うソリッドで達者なもので、トータルでみればフィジカルな感触のが優勢なサウンド。
けど、人力パートだけ聴くと、マス! ってより、わりとオーソドックスにパワフルでキャッチーなロックインストだったりするんだな。
とはいえ、俺、好きよ、このバンドの音。
バシッドスッとヒットするドラムもいいし、Gもチマチマしてなくていいじゃん。マスを含めテクニカル系全般、何が興ざめかって、鳴りの軽さやサウンドの線の細さが気になって、せっかくの複雑巧緻やキテレツっぷりが無心に楽しめないことだから。この頑丈な鳴り音はいいね。
それと、ドラマチックな盛り上がりの予感漂うサウンドのトーンね。マス要素(つまりミニマルで骨格的な美)を追求するほどに濃厚になるのはどっちかっつったら硬質でストイックなニュアンスだと思うわけ。このバンドにはダイレクトに情感あふれる曲調もかなりあって、その外向きな煽り感は、ある意味マスらしからぬ。などと思えども、これはこれで聴いてりゃやっぱ高揚するもんね。
とまあ、俺の想定する純粋マスロックからはだいぶ隔たりがあるには違いない
。少なくともこのバンドは、自らがメカニカルであることにはそれほどこだわってないように思える。
あくまで俺の尺度の話なんで、世間的にこれがマスロックに括られても全然かまわんけどね。
ただ、マスロックを経由してこそ生まれた表現であるのは確かだと思うな。マスな快感をロックの文法で表現した先達に驚嘆することなくして、こうゆうのは出てこないんじゃないか、と。
ポストマスロックとか? 思いつきで言いましたすいません。
7.20.2015
HORON 3LUSU

RECEBIM, DINCER, YAKUP ATALAY

2015 TURKEY

ホロンって、トルコ北部黒海沿岸に伝わる民族舞踊。その音楽(歌あり)のコンピ。
参加してる3者は民謡の人っわけじゃなく今どきなルーツ系の歌い手(皆♂)で、各々のホロンネタの曲を集めた企画物っちゅう趣。ターキッシュポップの人たちなんで、地物の民謡に比べたら添加物ありまくりの音。
でも元来のホロンはシンプル編成でわりと一本調子のようなんで、それで民謡系の素朴な世界だと、根気よく聴けるか心許なくてさ。これくらい加工されてるほうが、俺にゃとっつきやすいかと。
RECEBIM と DINCER は電化サウンドがベース。商業音楽的洗練をそれなり感じさせるかと思えば、俗なノリの打ち込みリズムも登場する振れ幅。YAKUP ATALAY はぐっとトラッド寄りのオーガニックな肌触り。
で、舞踊音楽としてのホロンの主な要素は、ケマンチェと鳴り物(あとはバグパイプみたいなの)、そこに歌が載るかどうか。今作のポップ仕様でもそれら主要素の存在感は変わらないんで、よしとする。
ケマンチェってのはジャケにある擦弦楽器。鋭角的な音色で、速いエスニック旋律を反復する。
鳴り物は両面太鼓。要はタムひとつの両側を叩くようなもんなんで、変拍子や微妙な揺れはあれどそんなに複雑な手数パターンはなく、ドッツッドッツッドッツッて、簡素かつミニマルに叩き続ける。つまり、打ち込みに置き換えてもそれほど違和感はないとゆう。
そして、歌。
トルコ語ってさ、詰まったり息を飲み込むような発音とか、ギュルとかギェゼなんて馴染みのない音が頻出して、和語の平板な響きに慣れた耳にはかなり異質に聴こえる。
そんなスルスルと流れることを許さぬごとき言語の響きは、速めのテンポに載ると一種独得の緊張感を醸すんだな。今作なんかプロの男性歌手ばかりだから、しかも民謡物よりリズムが強化されてるから、歌唱の「ハリ」感がなおのこと引き立ってる。
因みに踊りのほうは、まじめに演ってんだろうけどどっか笑っちゃうとこもある動きでさ。やっぱ音も含めて、迫力あるのか案外ユルいのか、困惑しつつ味わうのがホロンなのかもしれず
。それからすると、今作なんかは商売物としてだいぶカッコつけちゃってる。でもこのさまで無理矢理感のないけれん味はなかなかいける、と思っちゃう俺なんでした。
7.1.2015
MARTES DE AGUA

MARTES DE AGUA

2014 ARGENTINA

アルゼンチン男女デュオの作。
♀(歌唱と鍵盤)と、♂(デジタル & アナログの鍵盤打楽器各種、Dr、Per、G、B、プログラミング等をこなすマルチ奏者)。曲により、Cl、チューバ、G、鍵盤、男女歌唱等の客演あり。
ま、ジャケが、ね。かなり微妙なセンスで。ごちゃごちゃした DIY 系インディとか想像しちゃうじゃん。でもね、音を聴けば、かなりこなれたエクスペリメンタルポップなのよ。
まずなんつっても意外なのが、フォルクローレのしっかりした素地をうかがわせる歌唱とメロディ。これが揺らがぬ芯となって、終始一貫サウンドのアイデアを受け止めてる感じ。
サウンド自体はことさらフォルクローレ寄りってわけじゃなくて。生楽器とエレクトロニクス、人力と打ち込みをブレンドしたハイブリッドポップ。鍵盤打楽器(鉄琴型シンセとか)のほどよく硬い音階が印象的。ドレッド野郎に相応しくレゲエ調なんかもあり。
斬新とゆうほどの試みはしてないけど、フォルクローレフォーマットに則ったサウンドより自由で、ミクスチャー系なんかよりはぐっと本格っぽい歌とゆうニッチな立ち位置が、なんか新鮮。
派手な盛りとか攻めを感じるほどのサウンドじゃなく、ミドルテンポ中心で、ヒネったメロディでもないのにさして単調に聴こえないのは、歌の地力とエディットセンスによるんだろうね。
幾分かのくぐもりを含有するクセのない声質と地に足着いてまっすぐな歌いっぷりは、強烈なインパクトはなくとも、ずっと聴いてて飽かない。梅雨どきにあってまことに爽やか。
もしこの歌声が載るサウンドもフォルクローレだったら、「ふつうに」よい音楽になってしまい(そりゃけっこうなことだけどさ)、俺のヒネクレた感受性にはあんまり響かなかったかもしんない。
エディットセンスの発揮も含めてサウンドメイクを主導するのは♂のほうだと思うけど、ならばそのおかげでフォルクローレでなくエクスペリメンタルポップへと振れたわけで、めでたし。
変則編成によるちょっとヘンなサウンドの異化効果ゆえ、フォルクローレの匂い濃き歌がいっそう引き立ってると思えちゃうのよ俺には

6.17.2015
Encuentro

Maharajah Flamenco Trio

2013 USA

フロリダはタラハシー、ニュータイプのフラメンコを奏でる野郎トリオの、今んとこ唯一のアルバム
ルーマニア出身で、フラメンコの腕で名を成したギタリストが、米国へ渡って出会った二人と結成したるトリオ。あとの二人も活動多岐にわたる手練れ。
名称は、インド辺り発祥の弦楽が中東を経て地中海南北両岸を西進し、イベリア半島まで伝わって、そこでフラメンコが熟したっちゅうような音楽史観に因むものと思われ。
そんな「フラメンコの来た道」をたどるごとき各地のメロディや、ジャズやクラシックからのネタを、フラメンコで演ってみようとゆう。力技のミクスチャーでなく、あくまでフラメンコの流儀によるアプローチで、滑らかなる異化効果を狙ったフラメンコ進化系。
細かいとこまできっちり弾ききる確かなテクとヴァイタルをあわせもつGが主役にゃ違いなけれども(歌入りもいくつか。声もなかなかそれっぽくてえぇ感じ)、トリオ編成の佇まいがまた、シンプルかつバランスのとれたもので、いいのよ。
エレクトリックベースは音粒の重り具合ほどよく、フットワークもよし。Per はカホンをメインにディジュリドゥも操り、パルマスも多用。やや変則的装備だが、無駄なく締まったリズムを刻む。

録音は余韻深めで艶やかな音像。もうちっと乾いて無造作感のある、つまりライブに近い音で聴いてみたくもあれど、これはこれでよろし

フラメンコとかのスパニッシュギター物てぇと、スカ/パンク系ミクスチャーにゃ長らく食傷、さりとて正統フラメンコは渋すぎるしで。余計な音に煩わされたり、サウンドモードの退屈さを割り引くことなく情熱のギターが味わえるって、なかなか見つかんなかったけどさ。大西洋の向こう、フロリダに一輪咲いていたよ。
6.8.2015
MILK TIME FOR SPIDERS

IRAN IRAN

2015 UK

英国の野郎4人組み。G、G、B、Drによるインストマスポップ、5曲入りEP。
ビジュアル表現のバッドテイスト加減や諸々のネーミングセンス(曲名すべて有名人の名前をいじったおアソビとか)は批評性や反骨精神ってよりただの悪ふざけな感じだし、非スマートな風貌(特にG2人)からも、米国インディ的ボンクラさの匂うやつらなんだけど。意外や音は野放図でなく、芯もあり締まりもあるもの(Drがもっと重けりゃなおよし)。
硬質/鋭角に過ぎず、ほどほど軟らかくて愛嬌もあるサウンドテクスチャー。その音によって内なる感情や主張を表現するのが第一じゃなく、鳴ってる音が気持ちよきゃいいじゃんみたいな感じ。等からして、自らマスポップ(ロックでなく)と称するのにも納得がいく。
曲中ミニマルフレーズ/変則リズムがどんどん展開してくつくりで、移り変わるマスなパターンは、フレーズ/音色ともなかなか多彩(テンポは基本ミドルハイで、そこから大きく外れることはない)。
で、サウンドはほぼこのマスなパターンの集積から成ってる。音的には相当マスに特化した仕様なのよ。
マス度を研ぎ澄ましてくとさ、ストイック志向にもなりがちで。ストイック志向だと、演ってることは複雑巧緻の連続でも印象は案外単調だったりもするけれど、こいつら、ストイックな気配は希薄だし、印象が単調どころか、めくるめく(とまでゆうのはちと大げさか)パターンの移ろいには心躍るものがあるよ。「ここからこう来るか」ってな変化の妙に頬がゆるむこと少なからず。
技巧に驚かされるより聴いてて楽しいのが先に立つ高純度のマス物って、実はけっこうレアかも。やっぱあれかね、求道的なタイプでなく、享楽的なボンクラなればこそ?
因みにここでゆう(米国インディ的)ボンクラとはですね。ある種中二的な熱さで、よくも悪くも我が道を突き進む輩、ってな意味です。
5.10.2015
NOTHING BUT THE SILENCE

STRIKING MATCHES

2015 USA

ナシュビルの、ともにSSW/ギタリストである男女デュオ。初フルアルバム
本作はリズムセクション入りのバンドサウンドだが、2人のみの独演も上等の人たちで、ジャケの如くVo/G×Vo/G の五分五分な佇まいが麗しい。
歌声は両人とも多少くぐもってて、ほどほどに甘さあり。華奢じゃあないが決してタフに過ぎぬ歌は、街にあってカントリーサイドに想いを致すような肌合いのサウンドによくフィット。曲毎交代で独唱じゃなしにツイン歌唱が多いことで、洗練された印象が増している。
曲調はカントリー、ロック、ブルースといった手札。ルーツ系としての腰の入り具合がどうとかより、ポップソングとしての魅力にまず耳がいく。ナイスなメロディが並んどりますよ。
で、プロデュースがT-Bone Burnett
かの御仁の近頃の仕事ってぇと、ルーツ系腕達者の音に新味を出す攻めの音響アプローチがちょっと気になってたんだけどさ(拳骨兄弟の新作とか、キャロライナチョコ飴のお姐ちゃんのソロとか)。本作にはそこまでの施術はなかった。
とはいえさすが仕事人。カントリー系で自作自演のニューフェイスとしちゃ、かなりリッチで隙のないサウンドメイクで仕上がっとります。
そこでね、メジャー仕様のブラッシュアップを施されてもお仕着せっぽくならず、きっちり化粧映えしてんのは、パフォーマンスの技量もさりながら、やっぱポップソングとしての強度あればこそだろう、と。
当人らはVo/G×Vo/Gだけの熱演みたいにシンプルなスタイルこそが本領と思ってたりすんのか、それは知らん。でも、良質なポップアルバムたる本作、主役の美質をとらえたうえでの巧いパッケージングにゃ違いあるまいて。
3.31.2015
DANCA DOS TEMPOS

FABIANO DO NASCIMENTO

2014 USA/BRASIL

現在は米国西海岸で活動する若手(三十路だが)ブラジリアンギタリストのソロ作
本人Gの他は曲によりDrとPerとゆうミニマム編成
。Bのような低音は、本人が7弦Gで重ねてるんだろか? 本人および客演♀の歌唱が数曲で入るが、全編通じての主役はGと打楽器による張りのある渡り合い。
アフリカンミニマルなぞも匂わす推進力あるギターリフで引っ張る前半から、哀感を湛えたメロディを聴かせる後半へとゆう流れはあれど、曲をただ並べただけ的な無造作感も漂う(それ、カタログっぽくて好きよ)。
本作をして「ブラジリアンサウンド未来形」とまでゆう惹句は煽り半分としても、新鮮な響きであるには違いない。
でその新鮮味の由来はとゆうと、まず、ブラジリアンによる(けっこう直球な)ブラジル物にしちゃよく制御が効いてクールな肌触り。そして、響き深めで奥行きのある音像(涼感大幅増)だと思うのよ。メロディセンスやアレンジのヒネリ度がカッとんでて斬新てわけじゃないもの。
んで、響き深めの音像についてなんだけどさ。
それが、どの部分を拡大してみてもピントばっちり細部くっきりなデジカメ画像みたいに人工的なハイファイ、ハイコントラスト、立体感なのよ。普通に考えると、生楽器生演奏主体のブラジリアンギターサウンドと相性よしとはいい難い

だのにあえてそんな攻めのサウンドメイクに挑んだ結果、精巧だが生彩のない剥製みたいな音になるのを免れるどころか、かえってブラジル製より締まって鮮烈な音になったとゆうことじゃあるまいか

米国とゆう異邦でブラジル音楽をやってればこその産物で、母国にいたら出なかった発想かもしれず。にしたって、誰にでもできる芸当じゃなし。確かな腕と抑制とそれでもにじむパッションがある人でよかった。
3.12.2015
蛇腹島奇譚

蛇腹姉妹

2015 JAPAN

インディペンデント系で奏者/コンポーザーとしてキャリアのある蛇腹(アコーディオン)使いの姐さん二人(偽姉妹)による作
オリジナル主体、オールインスト。東欧他のトラッド、テクニカル系プログレ、クラシックなんかを手札とした曲調。
東欧風味の旋律は印象的だが、彼の地の音において俺の好むところの荒ぶる変拍子やワイルドで艶のある音色といった要素はあまりない。こっちは折り目正しく洗練された音。
とはいえ、東欧ネタがどうこうとゆう以上に蛇腹姉妹のサウンドを創ろうとゆう意思が感じられて、これはこれとしてじゅうぶんに楽しめる。
全編蛇腹2台の独演状態といえるが、音像に貧相なところはない。むしろ、下手に客演入れなくてよかった。当人らによる蛇腹+αの音色(ちょっとした鳴り物とかシロフォンとか効果音)も、薬味としていい感じ。
み″ょ〜〜っと鼻に抜けるよな音色で鳴り続けながら、滑らかに移動する音程
。ある種ヨーデルを思わせるよな蛇腹旋律の魅力が存分に味わえるのだった。
で、このアルバム、作品世界の設定やパッケージの意匠にけっこう凝ってんのよ
。蛇腹島っちゅう架空の地の地理歴史を説くって設定で、並ぶ曲名もそれらしいセンスで、曲毎にちょっとしたお話が付いてたり。ヨーロピア〜ンなフォークロアやメルヘンをベースにしたエキゾ趣味だね。
俺はその手の趣味も受容する。するけど、なまじ好感をもつ世界だしネタとしちゃ新味のないものでもあるしで、目線はシビアだよ。安っぽく陳腐じゃシラけるし、ひとりよがりの凝りすぎに付き合う気もないし、甘ったるいのは願い下げだし。
と、小うるさいオヤジの目でチェックしたところ、特段ケチつけたくなるとこはなかった。

サウンドも含めて表現全般、隅まで目配りされてるが頑なではなく、柔らかさはあれどヌルくはない。その湯加減が心地いい。よろしきクリエイションであり、インディプロダクトと思いますです。
2.22.2015
The Entrance to the Mountain

Mount Vesuvius Death March

2015 USA

アラバマのマスロックインストデュオの作
別のオルタナ系歌物バンドをやってるG(そっちではB)とDrが並行して始めた活動。まずデュオ編成でデモ版を作り、さらにまた別のバンドでやってるBを加えて、トリオ編成ヴァージョンも作ったとゆうアルバム

マスロック勢もハイブリッド化に向かうのが多い中、これはなかなかの純血種で、マス要素だけを雑味なく堪能したい俺にゃうれしい。マスなパターンが繰り出されては変化展開してくタイプの曲調で、ほぼその調子。いい意味で金太郎飴。
この潔さ、サイドワーク的なスタンスゆえの余裕からくるのかもしれないけど、我思うところの米国ローカルインディの美風、即ち偏執上等で我が道をゆく麗しきボンクラぶり、に通じる風情があっていい感じ。雰囲気だけじゃなく実際の音像もさ、マス系って、どっちかっつったら鋭利で華奢そうなのが多いじゃない。その点こいつらはガタイがしっかりしてそうってか線の細さを感じさせぬ音像で、そこも俺好み。
で、聴いてると、タム回しを多用するドラミングに耳がいくわけですよ
。南米の出力過剰なテクニカル系をちょっと思わせるよな。
マスであるなら、前面に出るのはリズム、それもメカニカルな運動性で、さすればドラミングも有機的なうねりより、まずは硬質なビート、さらにその細分化複雑化でしょ。
とゆうことは、さしあたりキックとスネアと金物。実際、GやBがエフェクター並べて重装備化するのに比べてドラムはシンプルなセットってマス系バンドも多い。そんでもドラマーはフル稼働、タム並べたところで叩く暇ねぇよ、みたいな。
だのにこのドラマーのタムの使いっぷりよ、と。もちろんマスロックとしてのソリッドな質感を損なわぬほどに抑えは効いたプレイなんで、ちょいと新鮮ざんす。
1.21.2015


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※英語以外の外国語を正しく表示させる技術がないため
(主にアクサンなどアルファベットに付く記号のことですが)
ただのアルファベットのままでお茶を濁してます。
ことにラテン系のアーティスト名や作品名は不正確になること、
承知いただきたし。

作品の国名表示は厳密なものではありません。
CDの生産地クレジットを基本にしてはいますが
アーティストの出身や活動拠点と関係のない国からのリリースの場合
どうにも違和感を禁じ得ず、そのアーティストのプロフィールとして
よりふさわしいと思われる国名を表記することもあります。
参考程度にご理解いただきたし。